泉のほとりの怪盗ピエール

今日も冒険の日だ。ウィザードリィの世界で盗賊を稼業とするピエールは、仲間たちと共に地下迷宮の薄暗い通路を進んでいた。彼の名はピエール。だが、彼は他の盗賊とは一風変わっていた。金目の物も好きだが、それ以上にピエールが愛してやまないのは「釣り」だった。
他の盗賊たちが、迷宮から持ち帰ったお宝をめでている時も、冒険の疲れを癒すために、色々な釣り場に出かけるのが彼の日常だった。そんな性分だったので、迷宮内の探索も、彼にとっては最高の時間だった。これまでの探索で、数々の危険な泉を見てきた。触れるだけで体が痺れる毒の泉、水蒸気を吸い込むだけで命を削られるダメージの泉。しかし最近、彼らは奇跡の泉を発見したのだ。全身の傷が癒える、回復の泉。仲間たちがその恩恵に感謝する中、ピエールの心は別の興奮に震えていた。「これほどの力を持つ泉だ、一体どんな魚が潜んでいるのだろう?」
好奇心は抑えきれない。ピエールは盗賊の知識と技を総動員して、迷宮での釣りを計画し始めた。彼はすぐに悟った。この回復の泉は、きっとこれからの冒険で、仲間たちにとって重要な休憩所になるだろう。 疲弊した体を癒し、次の探索に備えるための拠点として、この泉は完璧だ。そして、その休息の時間を利用して、思う存分釣りができる。ピエールは早速、ロープを加工して釣り糸を作り、モンスターの骨を削って針にする。時には仲間の目を盗んで、宝箱から餌になりそうな謎のキノコを拝借することもあった。
奇妙な釣果と図鑑のひらめき
初めて釣り上げたのは、奇妙なほど青白い魚だった。好奇心に抗えず一口かじると、口の中に痺れるような痛みが走り、ピエールはたちまち毒に侵された。痛みにのたうち回りながらも、彼はふと思った。「こんな危険な魚がいるなら、一体どんな魚がこの迷宮にはいるんだ?そして、食べられる魚は?いや、もっと言えば、この迷宮にいる全ての魚を知りたい!」
その瞬間、ピエールの心に新たな目標が芽生えた。それは、迷宮に棲む魚たちの図鑑を、自分の手で完成させることだった。彼はすぐにリュックから革製の小さなノートとペンを取り出し、「ブルースティングフィッシュ:毒性あり、食すべからず」と書き記した。彼の個人的な「魚類図鑑」の、記念すべき最初のページだ。
次に釣り上げたのは真っ赤な魚。これも一口で、まるで剣で刺されたかのような激痛が走る。ピエールは「うぐっ!」と呻き、その場に倒れ込んだ。すかさず駆け寄ってきた仲間の僧侶が、慌てた様子で回復の呪文を唱える。「もう!ピエール、またそんな危険なことをして!無茶はしないでよ…」僧侶の呆れたような、しかし心配の色が濃い声が響く。ピエールは申し訳なさそうに笑いながら、図鑑に「フレイムスケール:ダメージ効果、危険」と追記する。何度も何度も痛い目を見た。しかし、その度にピエールは学んだ。どの魚が危険で、どの魚が安全なのか。そして、図鑑のページは着実に埋まっていった。
そして、ついにその時が来た。金色に輝く鱗を持つ魚を釣り上げ、恐る恐る口にすると、これまで感じたことのない至福の味が口いっぱいに広がった。さらに、その魚を食べた瞬間、ピエールの体力は完全に回復し、体中に力が漲るのを感じたのだ。彼はその魚を「ヒールフィッシュ」と名付け、図鑑に「絶品の味、体力回復効果あり!」と大文字で書き込んだ。
このヒールフィッシュの発見は、ピエールにとって迷宮での冒険の常識を覆すものだった。 通常、迷宮の奥深くで傷つけば、アイテムを使うか、魔法で治療するしかない。しかし、この泉でヒールフィッシュが釣れるということは、事実上、迷宮の中でいくらでも体力を回復できるということを意味していた。これは、強力なモンスターとの連戦や、未知の罠が潜む領域の探索において、計り知れないアドバンテージとなる。仲間たちはまだ彼の釣果の真の価値に気づいていないが、ピエールは密かにその無限の可能性に胸を躍らせていた。
冒険の合間も釣り三昧と広がる名声
ヒールフィッシュを始め、迷宮の奥深くには想像を絶する美味な魚たちが潜んでいた。そして、図鑑の未記入ページは彼の釣りへの情熱をさらに掻き立てた。ピエールは冒険の合間を縫って釣りを行い、釣り上げた魚を街で売ることで、探索で得られる金貨をはるかに超える大金を稼ぎ始めた。彼の財布は日に日に膨らんでいく。
そして、彼の釣りへの情熱は迷宮の中だけにとどまらなかった。ダンジョンに潜らない日には、今まで以上に街の周囲にある沼や川へ足を運んだ。泥で濁った沼には奇妙な形のウナギが潜み、透き通った川からは美しい鱗の魚が顔を出す。それらの魚もまた、彼の図鑑の貴重な一部となった。時には街の子供たちに珍しい魚を見せて驚かせたり、釣り仲間と情報交換をしたりすることもあった。彼の「魚類図鑑」は、迷宮の魚だけでなく、外界の魚たちによっても着実にページが埋まっていったのだ。
ある時、彼の仲間である司祭がピエールの手書きの図鑑に目を留めた。司祭は博識で、文字を読み書きすることに長けていた。ピエールが迷宮の魚について熱弁を振るうと、司祭は彼の図鑑の価値を瞬時に見抜いた。「ピエールよ、これは素晴らしい記録だ!迷宮の魚に関するこれほど詳細な情報は、他にはない。私がこれを清書して、もっと多くの冒険者や街の住人に役立ててはどうだろう?」
司祭の提案に、ピエールは目を輝かせた。こうして、ピエールが釣ってきた魚の記録は、司祭の手によって美しく清書され、『ピエールの奇妙な魚類図鑑』として複製されるようになった。危険な魚の特徴や、食せる魚の知識は、多くの冒険者たちの命を救い、また彼らの食卓を豊かにした。街の酒場では、「今夜はピエールが釣ったスパイシードラゴンフィッシュがあるぞ!」といった声が聞かれるようになり、彼の名は冒険者たちの間で一躍有名になった。図鑑の売上もまた、彼の収入を飛躍的に伸ばしていった。
さらに、この図鑑は新たな冒険者を志す若者たちの間で、バイブルのような存在になっていった。 「あのピエールのように、迷宮の奥深くで珍しい魚を見つけるんだ!」と、憧れを抱いて剣を握る者や、魔法の勉強を始める者も数多く現れた。彼らは図鑑を片手に、未知の泉や湖を目指し、それぞれの冒険へと旅立っていったのだ。
忍への道と終わらぬ探求
そんなある日。ピエールは長年の夢を叶える時が来たと確信した。彼は稼ぎに稼いだ大金の一部を使い、とある伝説の武器を購入した。それは、盗賊の誰もが憧れる、忍者に転職するための必須アイテム、「盗賊の短刀」だった。このウィザードリィの世界において、盗賊は皆、最終的には忍者に転職することを夢見ていた。 盗賊としての技能を極め、さらにその先にある、影に生きる伝説の存在「忍者」へと至ることは、盗賊にとって最高の栄誉とされていたのだ。
ピエールは、満面の笑みを浮かべてその短刀を握りしめた。これからは冒険者としてだけでなく、釣りの腕もさらに磨き、伝説の魚を追い求めながら、誰も成し遂げたことのない「迷宮魚類図鑑」の完成を目指す忍者として、ウィザードリィの世界を駆け巡るだろう。彼の物語は、まだ始まったばかりなのだ……。
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