ガッツマンの日常 第六話:ゲーム観を変えてくれた偉大な師匠

第一章:静かなる宝庫
ゲームショップ「オーロラ」の店内には、レトロゲームの懐かしいメロディーが静かに流れていた。アルバイトのミドリは、いつものように店内を見回した。ふと、店の奥、少し薄暗い一角に設けられたゲーム雑誌コーナーに目が留まる。そこには、社長である白髪交じりの「おやっさん」ではなく、店員の夢追勝男、通称ガッツマンが長年かけて集めてきたという、年代も機種も様々なゲーム雑誌が、まるで積み上げられた知識のレンガのように並んでいた。ファミコン、メガドライブ、プレイステーション、セガサターン…それぞれの時代を彩ったゲームたちの情報が、色褪せた紙の中に閉じ込められている。ミドリは、普段はあまり気に留めることのなかったそのコーナーの、静かで独特な雰囲気に、今日はなぜか引き込まれた。
「ガッツマンさんの趣味のコーナー、って感じですよね…」
ミドリは小さく呟いた。インターネットでゲーム情報を得るのが当たり前の彼女にとって、紙媒体のゲーム雑誌は、どこか博物館の展示物のような、珍しい存在に感じられた。今まで、ガッツマンが熱心に何かを探している様子は見ていたものの、これほどの数の雑誌が集まっているとは知らなかった。一冊手に取ってみると、表紙には見慣れないゲームのタイトルと、熱気あふれるイラストが描かれている。ずっしりとした重みと、インクの匂いが、デジタルデータとは違う、独特の感触を伝えてきた。
レジの整理を終えたガッツマンが、ミドリの視線に気づき、にこやかに声をかけた。
「おや、ミドリちゃん。どうしたっすか、そんなところで?」
「あ、ガッツマンさん。このゲーム雑誌のコーナー、すごい数ですね!こんなにたくさんの雑誌が集まっているなんて、知りませんでした」
ミドリの素直な驚きに、ガッツマンは目を輝かせた。
「そうでしょ!これらは、僕のゲーム人生の歩みそのものなんすよ!一冊一冊に、当時の熱い思い出が詰まってるんす!」
ガッツマンはそう言って、誇らしげに胸を張った。ミドリは、彼のその言葉を聞きながら、改めて雑誌の山を見渡した。自分にとってはまだ見慣れない世界だが、ガッツマンにとっては、かけがえのない宝物なのだろう。
「僕が小っちゃい頃は、毎月お小遣いを握りしめて、新しいゲーム雑誌が出るのを心待ちにしてたんすよ!ファミ通とかマル勝スーパーファミコンは、もちろん毎号チェックしてましたけど、当時、友達が持っていたメガドライブFANとか電撃PCエンジンをちょっとだけ見せてもらった時のドキドキ感は、今でも忘れられないっすね!自分の知らないゲームの世界が、そこには広がっていたんすから!」
ガッツマンの語る言葉は、興奮と懐かしさに満ちていた。ミドリは、彼の話を聞きながら、自分が普段何気なく触れているゲームの歴史の深さを、改めて感じ始めた。
第二章:幻の雑誌、ユーズドゲームズ
「でもね、ミドリちゃん。この雑誌の山の中で、僕がどうしてもコンプリートしたい幻の雑誌があるんすよ!」
ガッツマンはそう言って、少しだけ真剣な表情になった。ミドリはゴクリと唾を飲み込んだ。
「幻の雑誌、ですか?」
「そうっす!その一つが、『ユーズドゲームズ』っていう雑誌なんす!」
ガッツマンの目が、遠い昔を懐かしむように細められた。
「『ユーズドゲームズ』はですね、中古ゲームだけを取り扱った、かなり異色のゲーム雑誌だったんすよ!当時としては、本当に画期的な雑誌だったっすね。新品のゲーム情報が主流の時代に、あえて中古に特化するなんて、尖りまくりっすよ!」
ガッツマンは、手元にあった『ユーズドゲームズ』のバックナンバーを誇らしげにミドリに見せた。そこには、価格相場や、掘り出し物の見つけ方、果てはゲームソフトのクリーニング方法まで載っていた。
「この雑誌を読んで、どれだけたくさんの名作に出会えたか!あの頃は、お小遣いを握りしめて中古ゲームショップを巡るのが、まるで宝探しみたいだったんす!この雑誌には、単なる攻略情報だけじゃなくて、中古市場の動向とか、今では手に入りにくいレアなゲームの情報が満載だったんす!僕のゲーム選びの先生みたいなもんだったっすね!」
ガッツマンは、目を輝かせながら当時の熱狂を語った。彼の言葉からは、単なる中古品としてのゲームではなく、一つ一つのゲームに込められた物語や、それを手に入れるまでの冒険が感じられた。
「この雑誌たちは、実は売り物じゃないんすよ。お客さんに、いつでも自由に読んでもらえるように置いてあるんす。ここに座って雑誌をパラパラめくってたら、『お、こんなゲームあったんだ!』とか、『このゲーム、面白そうだな、買ってみようかな!』って思ってもらえるように。知らないレトロゲームとの、最高の出会いの場になれば嬉しいっすね!」
ミドリは、ガッツマンのその言葉に深く頷いた。自分もかつて、この店でウィザードリィというゲームに出会い、人生が変わった。このコーナーも、きっと誰かにとってそんな存在になり得るのだろうと、改めて店が持つ温かさを感じた。
第三章:硬派な審判者、ゲーム批評
「そして、もう一つ!これもまた、僕の魂を揺さぶった伝説の雑誌があるんす!それが、『ゲーム批評』っす!」
ガッツマンは声を一段と大きくした。
「『ゲーム批評』はですね、まさにゲーム業界の硬派な審判者だったんす!当時のゲーム雑誌っていうのは、メーカーからの広告がほとんどで、どうしても良いことばかり書かれがちだったんすけど、『ゲーム批評』は一切の広告を載せない、ガチンコのレビューにこだわったんすよ!」
ガッツマンは腕を組み、力説した。
「しかも、ゲームメーカーからゲームを貰ってプレイするんじゃなくて、執筆者さんたちが自分自身でゲームを購入して、ちゃんと長時間プレイして真剣なレビューを書いてたんす!今の時代、ネットのレビューもたくさんあるけど、この雑誌のレビューは一味違ったんす!忖度なしの、ガチンコレビュー!本当にゲームを愛してるからこそ書ける、魂のこもった言葉の数々!あれを読んだら、ゲームの見方が変わるんす!」
ガッツマンは熱弁を振るいながら、当時のことを思い出しているようだった。ゲームへの広告が当たり前だった時代に、その姿勢を貫いたことの意義深さ、そして執筆者たちが、読者と同じ目線でゲームを深く掘り下げていたことへの敬意が、彼の言葉の端々から伝わってくる。
「だから、この雑誌は今もなお、熱狂的なファンが多いんすよ!あの雑誌を読むたびに、もっとゲームを深く理解しようって、ゲームに対する愛情が深まったんす!」
第四章:受け継がれる情熱
「なるほど…ゲーム雑誌ってすごいですね…」
ミドリは、ガッツマンの熱い語りに、ただただ感心するばかりだった。今まで知らなかったゲーム雑誌の世界、そしてガッツマンの秘めたる情熱に触れ、彼女もまた新たな発見をしていた。
「この二つの雑誌は、僕にとって単なる資料じゃないんす。ゲームに対する、いや、生き方に対する情熱を教えてくれた、僕の師匠みたいな存在なんすよ!ゲームは、ただ遊ぶだけじゃなくて、こんなにも深く、そして真剣に向き合えるものなんだって、教えてくれたんす」
ガッツマンはそう言って、古雑誌の山を優しく撫でた。
「だから、いつかこの二つの雑誌を全部集めて、ここに完璧な形で並べるのが、僕の密かな夢なんす!何年かけてでも、絶対に集めてみせるっす!」
ガッツマンの言葉には、強い決意と、どこか子供のような純粋な憧れが入り混じっていた。ミドリは、そんなガッツマンの夢を、温かい眼差しで見つめた。
「あの、ガッツマンさん!私、ガッツマンさんのその夢、ちょっとだけ手伝わせてもらってもいいですか?」
ミドリの瞳は、今までにないほどの輝きを放っていた。それは、かつて彼女がゲームの迷宮を攻略する中で見出した、探求心と新しい自分への期待に満ちた光だ。
ガッツマンは満面の笑みで応え、二人の間に確かな絆が生まれた瞬間だった。
「じゃあ、私、ゲーム雑誌の買い取りのポップ、書きますね!もっとたくさんの人に、このお店に雑誌を売りに来てもらえるように、ガッツマンさんの情熱が伝わるような、最高のポップを!」
ミドリはそう宣言すると、早速ペンと紙を取り出し、目を輝かせながら何かを書き始めた。ゲームショップ「オーロラ」のゲーム雑誌コーナーは、今日もまた、誰かの知的好奇心と探求心を刺激する、静かな案内所として存在している。そして、ガッツマンの「最高の体験」は、これからもずっと続いていくのだ。ミドリもまた、この場所で新たな「最高の体験」を、ガッツマンと共に見つけていくのだろう。彼らの探求は始まったばかりだ!
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